たこやきスピリチャル

ミディアムたこやきちゃんの、やる気が湧いて元気になる「人生を楽しむ」ためのブログ

憎しみでいっぱいの心は愛の素でいっぱいでもある。

愛と憎しみは表裏一体。

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ただ、正しい宇宙的な知識を理解しないで

聴くだけのこの言葉はとても陳腐だし、

「よく聴くことば」として片付けられてしまう。

 

 

愛という形で表現できる性質は、

憎しみを表現する時に使用する性質と

同じものです。

 

神やその力が愛を通じて

現れる・働くと感じるのは簡単だと思います。

 

想像もしやすいでしょう。ですが、

実は憎しみにも神は存在しています。

 

 

そしえ憎しみと呼んでいるものは、

愛になれない未熟な心の現れにすぎない。

 

つまり、魂がまだまだ成長過程の

子どもであるということ。

 

そんなうちは判断が歪んでしまうから、

 

正しく使えば愛となるべき性質を

最低の形で表現してしまうのです。

 

それが憎しみです。

愛とは表裏一体だということです。

 

憎しみが悪と決めつけないでください。

 

愛とか美しい場所や叡智、経験など、

人生の明るい側面にだけ神性や

神そのものが宿っているように

感じ易いかもしれません。

 

しかしそういった思想にすがったり

信じたりしてはいけないのです。

 

なぜなら

「完全」とはそんな偏ったものではないから。

 

汚いと思えるものなかにも神は美しきもののなか同様に存在するのです。

 

無限、全知全能、不可変、不易が法則として絶え間無く続くのが神様(宇宙)ですよね。

 

このブログを読んでくださる方になら、

きっと解って頂けると思います。

 

わたしの言葉がつたないのもあり、

真意を伝えるにはブログだけでは

難しいかもしれません。

 

しかし、もしいま悲しくて傷ついていたり

苦しくて人に当たりたくなったり

理不尽さでいっぱいだったとしたら

 

そこには愛になれなかった己の成長の未熟な部分が現れているのです。

それは決して、悪いことではありません。

 

 

偏った思想にハマると、

まるで自分が神様だと豪語するような

どこかの教祖様に

搾取されてしまうかもしれません。

 

 

人にすがらなくても、一人一人が

絶対的な安心感を持って神の法則に身を委ねて成長を惜しまなければ、そんな教祖さまなど必要ないです。

 

ヒントを得るメンターは居ていいけど

教祖と信者の関係は不毛ですよ。 

 

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そろそろ桜本格的に咲いてきましたー!

 

花は散るから美しい。

 

似たように、お楽しみはずっと続かないから特別です。クリスマスみたいにね。

 

そんな感じの延長で、今日という日は

2度とこないから素敵です( ^∀^)

 

ではまたねー

 

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