たこやきスピリチャル

ミディアムたこやきちゃんの、やる気が湧いて元気になる「人生を楽しむ」ためのブログ

無闇に不安にならず、他力で生きる。

他力

 

他力とか他力本願という言葉を聞いて、

どういう意味だと捉えるでしょうか。

または感じるイメージはどのようなものでしょうか。

 

現代語としては、

恐らくほとんどの方が

「人の力に頼る」

「自分は頑張らずに助けてもらうのを待つ」

というような意味合いで

使っているのではないかと個人的には思っています。

 

他力、という言葉はもともとは仏教用語

仏様は

いっさいの生きとし生けるものは幸せであれ

と願い、私達にも慈愛を注いでくださる存在です。

 

そんな風に願ってくださる存在がいることを信じ、心を任せて身を委ねましょう、

という意味あいでの「他力」が本来の形です。

 

信じて委ねる事について、

少し掘り下げて私達の日常生活に

充ててたとえてみると、

 

  1. つまらないことですぐ落ち込んだり悩む
  2. 見えない未来に不安を感じる
  3. 思い通りにならない周囲の状況にイライラしてしまう

 

こんな風になってしまった場合や

なりそうな時は、そこにフォーカスをして

ずっと悶々としつづけるのではなく、

 

「だいじょうぶ、だいじょうぶ!」

と考え改め、内側でうじうじと悩む

小さな自分だけの世界から抜け出し、

大きな力に身をゆだねてもっと楽にいけば良いのです。

 

正直、この三つはいくら考えても悩んでも、

自分が内側から変わって

世界の見方が変わらない限りは

解消しませんからね。

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私達は肉体の存在ではなく、見えていない霊のほうが本来の姿です

 

霊性の中に宿る神様の一部を、

いかに目覚めさせていくか。

 

霊的自我が芽生え、

年を重ねると共に神性が高まる生きかたを

していくのが私達人間の地上生活で

託された使命のうちの1つです。

 

私達は、神様(創造主とか大霊とか

宇宙とか摂理とか表現方法は時と場合と

人によってまちまちですが、あらゆる生命、

霊の根源であり頂点の存在のこと)の一部で

あるとともに、

神様の子どもなのです。

 

ですから、私達のこの小さな頭の中だけで

やりたいことや願望をあれこれ「考える」のは

浅はかということになります。

 

すべては見えない存在からの

はからいによって生じるわけですから、

エゴを手放して神様の意思にゆだねて

生きる事が大切なのです。

 

子どもが天才で可能性にあふれているのは

いちいち頭で考えて行動せずに、

魂の声や自然の法則に従って

自由な意思で活動しているからですよね。

 

だからこそ1日の時間を

今よりもずっと長く感じていたはずです。

無駄な瞬間なんてありませんでした。

 

しかし成長の過程で、

「あれはだめ」「これはだめ」と

人間が決めた社会ルールや常識

というものに縛られて、

だんだんに観察・分析をするようになります。

 

大人になるころには、残念ながら

「最も効率のいい方法を考え出す」ことに

慣れてしまっています。

 

右脳よりも左脳で物事を捉える傾向が

強い人だと尚更、

「神様に意思を委ねて生きる」だなんて、

ツッコミどころ満載でいいかげんで

心もとないと思えるかもしれませんね。

 

しかし、他力という言葉にあるとおり、

あれやこれやと考えたり起きていないことを

心配するよりも

「なんとかなるさ」「大丈夫大丈夫」と

ニコニコしていれば

「結局はなるようになってしまう」ものです。

 

 

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「引き寄せの法則」がうまく行っている人は

「手放しの法則」をうまく

働かせられている人だと思います。

 

無闇やたらに

不安にならない、落ち込まない、イライラしない。

その代わり、「大丈夫だ、なんとかなるさ」と

見えない存在や宇宙からの愛を信じて受け止める。

 

つまり本当の意味での「他力」を

使って生きている人が

「願った事が叶った」

と言っているのでしょうな。

 

というわけでまたねー(☆∀☆)

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